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久保隆美の模索日誌  キャリア・カウンセラーの悩ましくも美味しい毎日?
last updated 2007 Septmber.13

■サロン・セミナー


9月8日(土)マザー・ティー・シップ 第1回サロン・セミナーを無事終了することができました!
参加してくださった方々、開催をバックアップしてくださった方々、ミニショップを開いてくれたメンバー、
そしてゲストの湧月りろさん…そのほかたくさんの方々のお力をお借りしました。
この場を借りて心からお礼を申しあけます。本当にありがとうございました。


サロン・セミナーと銘打って、ゲストの軌跡をインタビューしてみたいということはずいぶん前から考えていた。


私は、キャリアカウンセリングの場面で、いろいろな方とお会いして話をお聞きしている時がとにかく
幸せを感じる時間で、中でも少し不安を抱えながらも、前向きに夢に向かっていこうとしている方と
お話しできると自分自身が勇気づけられ、「私も頑張らなくちゃ」と思い、その時、その幸せ感がMAXになる。


この感覚を独り占めしてはもったいないという思いから、共有できる場所としてサロンセミナーを企画してみた。
インタビュアーとしての私の拙さで、その思いがうまく伝えられなかったことに深く反省させられながらも、
終了後、参加者の方からたくさんメールをいただき、感じ方は様々だけれど、みな一様に「私も頑張ろう」と
思ってくださったようで、その声を聞けただけで「あぁ、やってよかったな」と思うことができた。


ずいぶん昔、日経新聞のスポーツ欄、豊田泰光氏のチェンジアップというコラムに書かれていたことだが、
大リーガーのイチロー選手は、打てなくなった時、「なぜ打てないのか」とは絶対に考えない。
常に「どうやったら打てるか」を考えているという。


私が出会う、不安を抱えてもなお前向きに夢に向かっていこうとしている方たちも、たぶん同じなんだと思う。
いつも「どうやったら夢を実現できるか」を考えている。
簡単に言えばポジティブシンキングだが、実際そういう考えに自分を持っていくのは簡単なことではない。
ただ、この考え方に自分を持っていかなければその人の夢の実現は遠いだろうなといつも思う。


幸せなことに私の周りには、「どうやったら夢を実現できるか」を考えている人がたくさんいる。
そんな方たちをこれからもサロンセミナーという場所でぜひご紹介できたらと考えている。
ただし、カメよりも行動の遅い私のことなので、次回がいつなのかは「神のみぞ知る」です。
それまで皆さん私を見捨てないでください!


*第1回サロンセミナーのインタビューの内容は、現在一生懸命編集中で、
後日このHPのインタビューコーナーにアップする予定です。
ぜひそちらを楽しみにしていてください。




2007 July. 26

■母・佐登志 U


母・佐登志の名誉のために追記します。
デジタルボケか?なんて言ってしまったもので…


母は父と二人でクリーニング屋を営みながら私と妹二人、 計3人の子供を育てた。


一番下の妹が中学生だったと思うので、母はたぶん47、8歳…今の私の歳だ。
その頃に、学校のPTA向けの書道教室に通うようになった。
それからかれこれ30年…今では小さいながらも書道教室を開いている。
教室を開いてからも10年以上経つと思う。


この話を、カウンセリングを受けに来られる方に時々する。
20代、30代の方で、「今から何かを始めても遅いし…」という方が多いからだ。
本当に遅いのかなぁ… まぁ、やるものにもよるとは思うけれど…
48歳から始めたって75歳まで続ければキャリア30年ということだ。


要は本気でやるかどうかだと思う。


母は気負わない程度に、本気だった。
テレビを見ながらも墨をすっていたし、時間が少しでも空けば半紙の前に座っていた。


たぶん、「携帯電話」も「パソコン」も本気なんだろうな…(^_^;)


2007 July. 24

■母・佐登志


母・佐登志(さとし) 75歳
男みたいな名前だけど、一応女。
あたりまえかぁ…


母・佐登志が、この春、携帯デビューした。
直後に届いたメール。


「お母さんです。携帯買いました。登録よろしくね。」


まぁ、まともに打ててる…
両親は、妹一家と暮らしているので、 おおかた、高校一年になる孫に頼んで 打ってもらったんだろう。


しばらくして、私の娘からメールが届いた。


「カナ(その高校一年の孫)からメールで、おばあちゃんが毎晩毎晩
隣の部屋からメールしてくるので困ってるんだって。それもぜーんぶ平仮名で。
おまけにタイトルはいつも『かなのあほ』。何とかしてくれぇ〜って言ってるよ。」


しるかっ!


またしばらくして、娘からメール。


「おばあちゃん、最近私にメールしてくるようになったんだけど、
かなりたくさん絵文字使ってるんだ…。私のはPHSだから絵文字読めなくてさぁ…。
所々意味つながらないんだよねぇ…。
おばあちゃんに言った方がいいかなぁ?言ったらショック受けるかなぁ?」


しるかっ!勝手にやってくれっ!!


それからしばらくして、今度は母・佐登志から直接メールが届いた。


内容は、父・隆利のぐちなので省くとして、
おぉ、漢字の変換もちゃんとできてるし、絵文字も使い方わかってる。
でも、明らかに句読点の変換ができてない。
まぁ、これくらいが年相応ってことかな。


そう思っているところへ、母・佐登志からまたメール。

げぇ〜!顔文字使ってる〜!
それは、やりすぎやろ〜!!
75歳のばあさんが「こんにちは〜(^○^)/」って、どおよぉ〜!


もしかして次はデコメってか…?って心配していたら 昨日、また母・佐登志からメールが届いた。
今度は携帯ではなく、PCから…

そうだった、少し前からパソコン教室に通うって言ってたわ…。

「シニア大学のパソコンクラスは、じいさん、ばあさんばっかりで面白くないから、
コジマ電機の教室にしたのよ。もうすぐメールできるようになるから楽しみにしててねぇ〜。」

…って、あんたは、ばあさんちゃうんかい!


まぁ、老いてなお元気で、楽しく暮らせてるっていうのは
娘としては非常にありがたい。
非常にありがたいけど、ねぇ…
色ボケ、欲ボケと同じようにデジタルボケってあるのかなぁと
ちょっと気になる今日この頃…(^_^;)


許せ!母・佐登志 m(__)m



last updated 2007 July. 16

■ドイツ語とスペイン語


今、ドイツ語を習っている。
クライアントの方でドイツ在住歴の長かった女性がいて
その方に頼み込んで、ドイツ語の初歩の初歩を教えてもらっている。


去年1年間はスペイン語教室に通った。

ドイツ語もスペイン語も、もちろんサッカーのためだ。


私はこれまで、ヨーロッパ旅行中、計3回、 すれ違いざまにマフラーをつかまれた経験がある。
…なんて書くとすごく怖い体験のようだけど、それほどのことではない。 確かに最初は怖かったけど…


1回目は3年前、スペイン バレンシアの駅のトイレでのことだった。


私が個室から出て手を洗おうとすると、横で化粧に夢中だった
明らかに10代の派手〜な女の子が、いきなり私のマフラーに 手をかけてスペイン語で何か言ってきた。
すると、その仲間4、5人がそれぞれ化粧の手を止めて集まってきて、
私はその連中にあっという間に囲まれてしまった。
ひぇ〜殴られるのか〜?わたし、なんか悪いことしたかぁ〜?


実はその時、私と旦那、駅で野宿の真っ最中(まぁ、その話はまた後日…)
夜中のトイレに、びくつきながら入って行ったので、もうホント〜にビビッた!


でも、彼女たちは、私を殴るでもなく突き飛ばすでもなく
ただただ私のマフラーをつかんだり指さしたりして
口々に「バレンシア、バレンシア」と言うだけだった。


少ししてピンときた!
私が首に巻いていたのは、バレンシアというチームの
チームマフラーだったので、彼女たちは 試合の結果が聞きたかったのだ。


もちろんそれが聞き取れたわけじゃないけど、
両手の人さし指を立てながら「ウノ、ウノ(1-1)」と私が言ったら、
彼女たちが「あぁ〜」とため息つきながら離れて行ったので、
それが正しい答えだったとわかった。


まったくなんてこった!スペイン語ちゃんと勉強しておけばよかった!


2回目は、その3日後、バルセロナの地下鉄の駅。
今度はバルセロナのチームマフラーをいきなりつかまれた。
夫婦連れで、こちらがスペイン語を理解できないとわかると
すぐに英語に切り替えてくれたので、こちらも英語で試合結果を伝えた。
本当のところ、英語もおぼつかないので、 ロナウジーニョのゴールの素晴らしさは伝えられなかったけど…


その旅から帰って、早速スペイン語の勉強をを始めた。とりあえずラジオで…
そして、昨年秋に3度目のスペイン行きを計画したので、
今度はマフラーをつかまれても大丈夫なように、春からスペイン語教室に通った。


でもねぇ…3回目は全く予期せぬところで起こってしまったのですよ。
まぁ、世の中そんなものなのかな...


昨年の旅行では、スペインに入る前、オランダで2試合観戦して
もう1試合見られそうだったので、 ドイツのメーヘングラートバッハというところまで足を伸ばした。
その町はオランダとの国境近くの田舎町で、 ホテルのフロントのお姉さんさえも英語が通じなかった。
まぁ、小さなビジネスホテルだったからだとは思うけど。


楽しく観戦を終えて、バス停からホテルに歩いて帰る途中
かなりお年を召した白髪頭のおばあさんに行く手をふさがれた。
まわりにほとんど人がいなかったので、相手がお年寄りでもやっぱりぎょっとした。
そしておばあさんは私のマフラーをつかんで、全く理解できないドイツ語でまくし立てる。
もぉ〜何言ってるか、わかんないよぉ〜


その時、旦那が覚えたての数字で「ヌル、ツヴァイ、レバークーゼン」と答えた。
おばあさんは、ものすご〜くがっかりして何やらブツブツ言いながら行ってしまった。
そう、その日ホームチームのメーヘングラートバッハは負けてしまったのだ。
あぁ、やっぱりあなたも試合結果が知りたかったのね〜
でも、ドイツ語でくるとはねぇ〜 全く予想していませんでした。


というわけで、次回ドイツでマフラーをつかまれた時のために、 今、ドイツ語を習っているのです。
でも結局、次も予期せぬところで起きたりするんだろうなぁ…
次は何語だぁ〜?もー、なんでも来いやぁ!


2007 June. 21

■就職面接相談会


キャリアカウンセラーの仕事で、ある自治体が主催した大学等就職面接相談会に行った。
来春卒業予定の大学生、短大生、専門学校生がたくさん参加していた。


そこで何とも言いようのない光景に遭遇してしまった…


開会を10分後に控えたころ、
7人ほどの専門学校生らしき集団と、1人の就職担当の先生…
彼らが、私に与えられたカウンセリング用のスペースの前を車座になって陣取って
大きな声で打合せ(?)を始めた。


「お前、○○社と××社な。お前は△△社と□□社だ。あっ、お前は◎◎社も行っておけ」


先生が、7人の学生それぞれに参加企業名をあげて、訪問するブースを割り当てている。


「えっ!」と思いながら様子をうかがう…


「先生、俺って今春卒業だっけ?」
「バカ野郎!お前は来春卒業だ。みんなも来春卒業に○をつけろ」


簡単なエントリーシートのような用紙を渡されているので、それに経歴等々を
書き込んでいるらしい。


「先生、自己PRってなんて書けばいいんですかぁ?」
「お前は欠席がないから無欠席をPRしろ!」
「俺はぁ?」
「お前は無遅刻だ!」


もう、下を向いて見ないふり、聞こえないふりをするしかなかった…


「先生、やっぱり頼りになるよなぁ。○○先生じゃ、こうはいかねぇよな」
「バカ野郎!教師になって3年の○○と一緒にするな!俺は就職担当30年やってるんだぁ!」


背中がうすら寒くなった…
こうやって自分で考えることのできない、指示待ち人間て出来上がっていくんだ…


彼らはもちろんキャリアカウンセリングなんて受けには来ない。
今のところ、悩んで、相談して、あれこれ考えて、七転八倒して生きていく必要は全くない。
ちゃんと答えを用意してくれる立派な大人がそばにいてくれるから…


日本よ、本当に大丈夫なのかぁ〜!!!

2007 June. 5

■プロレス


我が家の結婚記念日は、鬼嫁こと北斗昌と佐々木健介の結婚記念日と同じ1995年10月1日。
なぜなら、旦那が北斗昌の大ファンだったから。そして私が中ファンだったからだ。


私は、子供のころ父に連れられてプロレスの聖地、太田体育館に何度も足を運んだ。


私のプロレス関連自慢


1、おでこから血を流したブッチャーに触ったことがある。
2、2代目タイガーマスク(三沢光晴氏)と同時期に同じ整形外科に入院し
一緒にリハビリを受け、「レスラーはつぶしがきかないんだよ…」
なんて愚痴を聞きながらサインをもらったことがある
3、タイの空港のイミグレーションで高田延彦氏に出会い、駆け寄ってサインをもらったことがある。
後ろに並んでいた外人に「あれはだれだ?」って聞かれたので、「超有名な日本人プロレスラーだ。
あなたもサインをもらっておいた方がいい。」と勧めたら、「NO!」と一蹴された。



そして一時期、本気で女子プロレスラーになりたいと考えていた。


その後、「輝きたいの」(今井美樹のデビュー作)という女子プロレスラーの世界を描いたドラマを見て、
娘がプロレスラーになってくれるといいなと思っていた。


そのころから、少しずつプロレスから遠のき夢は夢のまま終わってしまったけど…


でも、プロレスがきっかけで旦那と知り合ったから、世の中わからない。


とりとめのないお話でした。
2007 May. 30

■サッカー4級審判員


5月27日(日)に、念願だったサッカー4級審判員の試験に合格した!
やったぁ!!…と言っても、100人ぐらい受けて、追試になったのは3人だけだったけど…


100人のほとんどは、お兄ちゃんとおっさんで、お姉ちゃんがちらほら…
おばちゃんは、たぶん私だけだった…
当然予想できる状況のはずなのに、私の予想は、もっと子供が混じっていて (受験資格は満12歳以上)
キャーキャー言いながらやるのかと…
甘かったな…
会場は、なんとなく臭かったな…


午前中3時間の講習を受けて、午後一番に筆記試験
試験は○×回答式、内容は、
1、ラインの幅は8センチを超えてはならない
2、味方ゴールキックのボールを直接受けてもオフサイドにはならない
3、相手選手を殴ることは退場となる反則だが、味方選手を殴っても退場になる
などなど…20問、8割以上正解で合格


ちなみに正解は、
1、× 正解は12センチ
2、○
3、○
(試験内容は公表されているので、ここに書いても問題なし)


試験の後、実技をやる会場もあるけど、私が受けたところは 講師が笛の吹き方、旗の振り方を
実践して見せてくれる。 ちょうど眠くなったころに、ピッピィーとかバサッ、バサッとか
音で眼ざめさせてくれた。
ありがと〜


笛の音に気持ちを込める。それで試合がしまったりゆるんだりする。
旗の振り方もそう。自信を持って力強く振る。迷いは禁物だ。
自分自身の判定に責任を持つ。
人生と一緒だよなぁ…そんなことを考えてた。


最後に世界大会やJリーグの試合のビデオで、実際のプレーに自分で判定をしてみる
26問で、私の正解は14問…甘いな…


翌日、ネットで、ドイツWカップの3位決定戦を吹いた上川徹さんのインタビュー記事を読んだ。
人間の動きを人間の目で判断するのは本当に難しいと思う。
人間だから間違いも犯すし…
「選手たちも不満を持つようになるし、そういう部分に気づいた時に、どういう風に予防していくかということが、
私の中では試合コントロールだと思っています。」
上川さんの言葉だ。
これって、でも一般の人間社会でもまとめていく立場の人間には必要なことだよなぁ…
やっぱりサッカーって奥深いなぁ…
結局そこに落ち着く。


4級審判員は、登録自治体主催の大会の副審はできる。
挑戦してみるかぁ〜(…無謀なのはわかってるよぉ〜)

2007 May. 25

■サッカーと地球人


日本時間24日、昨日の明け方、サッカー欧州チャンピオンズリーグの決勝がギリシャ アテネで行われた。
旦那は、試合を見る前に会社で結果を聞かされてしまうのを恐れて今年も休みを取った。
私の場合、結果を知ってから試合を見るのも、また違った楽しみがあっていいんだけどな…まぁ、いいか。


試合内容やその背景について書きたいことは山ほどあるけど、サッカーをあまり好きではない人にとってこれほど退屈なこともないので、 やっぱりやめておきます。
その代り、サッカーファンではない人に、試合そのもの以外で私がサッカーに惹かれる理由をお教えします!


惹かれる理由は、ズバリ、自分が地球人であることを実感できること!…ちょっと表現が抽象的かな・・・


サッカーは、世界中のどの地域ともかかわりがあるスポーツなので、サッカーにはまってからというもの、ワールドニュースを見るのが本当に楽しみになった。
昨日の試合はイタリアのACミランというチームとイングランドのリバプールというチームの試合だったけれど、
それぞれのチームにはイタリア人以外、イングランド人以外の選手がたくさんいる。
ミランにはブラジル、チェコ、アルゼンチン、フランス、グルジアなどなど、リバプールには、スペイン、ノルウェー、オランダ、マリ、チリ…とにかくいろいろな国から選手が集められている。
それぞれの選手の生い立ちやら経歴やらを調べていると、必然的に世界の国の地域の情報につながっていって、その延長でワールドニュースも気合い入れて見るようになるわけだ。
サッカーはそれぞれの国の政治ともつながりが深い。
実際、ACミランの会長はイタリアの前首相だったりする。
過去には、サッカーを民意掌握、国威発揚の道具にしてきた独裁者たちもいたわけで…


そんなこんな、サッカーを見ていると世界情勢から目が離せなくなるのだ。
そして、自分もそんな世界とは同じ地球人としてつながっているわけだから、些細な日常に追われてばかりでなく、足元しっかり固めよう…なんて思ったりするわけ。


あなたもサッカーを見て、地球人であることを思い出そう!!


…なんて、ちょっと飛躍しすぎかぁ…?
2007 May. 16

■母の日


今年の母の日に珍しく娘から贈り物が届いた。
これまで届いたものと言えば、「母の日おめでとう!」(ありがとう!だと何回言ってもめでたいからいいのだと娘は言い張る)のメールやFAXだけ…なにかあったのか…?
小さな小包になっていて、宛名面に娘お得意のメッセージが…宛名面に何か書いたりプリクラ張ると、郵便屋さんに見られて恥ずかしいからやめろと言っても聞かない…まったくぅ…
「母の日、父の日ギフト在中 HP立ち上げのお祝いじゃ」と書いてある。父の日も一緒?送料けちったな!


中身は、イニシャル入りの厚手のガーゼハンカチだった。
私の方のイニシャルは、「MTS」、マザー・ティー・シップだ。HP立ち上げのお祝いってこのことかぁ…。
問題は、父の日、旦那のほう…イニシャルは「NS」
旦那のイニシャルは「YK」、なんだ「NS」って…なんだ、なんだ?二人でひとしきり考えた。


あぁ〜、わかった〜!「NS」は「にいさん」だよ「にいさん」!
そう、娘は旦那のことを「にいさん」と呼ぶのだ。
まぁ、娘だけじゃなく私の家族はみんな「兄さん」とか「お兄ちゃん」って呼んでるけど
ちなみに、旦那は娘のことを「姉さん」と呼ぶ…


夜、娘から電話が入った。
「男の人は自分のイニシャル入りのハンカチなんて恥ずかしくて使わないじゃん。
「NS」なら使ってくれると思ってさ」
ハイ、ありがた〜く使わせていただきます!私も、「にいさん」も!!
2007 May. 9

■模索って…


カウンセリング中、離婚の話に行きあたることもある。もちろん専門的なアドバイスが必要な場合には他の機関を紹介するが、自分も経験者なので、経験的に話せることは流れのままに話をする。
そのクライアントは、仕事は決まりそうだけど、離婚が成立するまでにはもう少し時間が必要…そんな状況にいた。

クライアント: 入社時点で離婚が成立していなくても、旧姓に戻して仕事を
スタートすることはできますかねぇ…
わたし: 途中で名前が変わるのを避けたいということですよね?
クライアント: そうです…
わたし : 雇い主に事情を説明して了解をもらえば大丈夫ですよ。
離婚が成立して性別が変わったら、きちんと報告して書類上も
変えてもらえばいいわけだから…
クライアント: ……
わたし: あのぉ、わたし今、「性別」が変わるって…言いました?
クライアント: …あっ、はい……
わたし: …性別変わっちゃ…まずいですよね…離婚したら男になっちゃった…
なんてねぇ…(やばいっ、言いすぎた!)
クライアント: …あっははは、あっははは…久保さん、変なこと言わないで
くださいよぉ…
わたし: すっ、すいません!ごめんなさい!
クライアント: いいです、いいです。おかげで緊張がほぐれましたから…
あっはは…


カウンセラーがクライアントに慰められて…どぉするよぉ〜〜!

…そして明日も模索は続きます…
2007 May. 1

■ホームページオープン!


「ホームページ作ってください!」…友人の旦那様が経営するホームページ制作会社にお願いしたのは2年前。
すぐに今回オープンしたデザインを考えてくれた。
すごく気に入って早くオープンしたいと思った。
それなのに2年間も温めてしまったのには、それなりに理由がある。
後先考えずに突っ走る時と、考えて考えて石橋をたたき割る時が極端に現れる私の性格が理由のひとつ。
この2年間、自分なりのキャリアカウンセリングのスタイルをずっと模索し続けてしまった。


模索して答えは出たのか…いいえ、出ていません!
でも、「人を元気にする!」「夢を応援する!」、20年前から考えていたこの2つのことは、いつまでたっても
やりたいこと。
だから、学んできたキャリアカウンセリングの手法を基本に、マザー・ティー・シップのカウンセリングはこの2つを目標にすればいいということはわかった。


ということで、マザー・ティー・シップは「人を元気にする!」「夢を応援する!」を目標に頑張っていきます。
そのうち「スタイル」のようなものも自然にできてくるでしょう!


行き当たりばったりも私の性格かなぁ…?
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